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福岡高等裁判所 昭和30年(ラ)37号 決定

抗告人 福野小一郎

訴訟代理人 木内豊昭

原審 長崎地方裁判所

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告事由は「原決定のいうように、本件において栗林コト又は陣野外九郎より民事訴訟法第五百十九条に基く執行力ある調停調書正本の下付申請がまだなされていないことは記録上明であるが、もしその申請があつてから忌避の申立をしても時すでに遅く、承継執行文は即時に交付され直ちに強制執行によつて事案は根本的に終了するのである。本件忌避申立は諫早簡易裁判所昭和二十八年(ハ)第五七号事件と不可分一体であるからこれを両断して判断することは許されない。よつて原決定は不当であるからこれが取消を求めるため抗告を申立たものである」というのである。

しかし、忌避の制度は裁判の公正を確保するため事件を担当する裁判官又は書記官を当該事件の職務執行から排除する制度であるから、現に裁判所に繋属していない事件について忌避の申立をすることは許されない。もつとも事件によつては、裁判所に事件が繋属して後忌避の申立をする暇のないこともあり得ることは所論のとおりである。しかし裁判所に繋属前の事件について忌避の申立を許すときは忌避権濫用の弊を生ずるのみならず、忌避の原因の有無は当該事件の当事者及び内容とも関連し、しかも将来繋属すべき事件の当事者及び内容は忌避申立人の予想に従つてこれを予断することはできないから、忌避の裁判もなし得ないことになろう。もともと忌避の制度はすでに述べたとおり、裁判の公正確保という司法上の公益のために認められたものであつて、当事者の保護は少くもこの制度の主たる目的ではなく、ただ裁判の公正如何がひいて当事者の保護に影響を及ぼすため当事者に忌避の申立権を認めたに過ぎない。しかるに特殊の裁判を除き、裁判に対し不服がある当事者は異議又は上訴により権利の保護を求めることができるのであるから、裁判所に繋属前の事件について忌避の申立をすることが許されないとしても、当事者の保護に欠ぐるところはないわけである。

本件忌避申立は抗告人主張の承継人による執行力ある和解調書正本付与申請事件につき諫早簡易裁判所判事竜田義光に裁判の公正を妨ぐべき事情ありとして同裁判官の忌避を申立たものであるが、右申請事件はいまだ同裁判所に繋属してないことは記録上明らかであつて抗告人もまた認むるとおりであるから、本件忌避申立は前示の理由により不適法として却下すべきものである。

よつてこれと同趣旨の原決定は相当であつて本件抗告は理由がないから、抗告費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 竹下利之右衛門 裁判官 小西信三 裁判官 岩永金次郎)

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